フェチフェスフロンティア

フェチフェス憲章

― 好きという衝動を、文化にする。 ―

私たちは、フェチを恥じるものでも、隠すものでもなく、
人間が持つ「好き」という感情の、ひとつのかたちだと考える。

誰かにとっての美しさが、
誰かにとっては奇妙に見えることがある。

誰かにとってのこだわりが、
誰かにとっては理解できないこともある。

しかし、その違いこそが、人間の表現を豊かにする。

フェチフェスは、
「普通」と「普通ではない」の境界線を問い直し、
さまざまな偏愛と表現が出会う場所をつくる。

第一条 好きであることを尊重する

人には、それぞれ異なる「好き」がある。

私たちは、その違いを優劣で測らない。

メジャーであることも、マイナーであることも、
新しいことも、古いことも、
美しいことも、奇妙に見えることも、
それぞれの価値を持つ。

「好き」という気持ちそのものを尊重する。

第二条 フェチを文化として捉える

フェチは、性だけに閉じたものではない。

衣服、素材、身体、造形、写真、映像、音楽、
イラスト、コスチューム、パフォーマンス、言葉。

人が何かに強く惹かれ、
そこにこだわり、創造し、表現するとき、
そこにはひとつの文化が生まれる。

私たちはフェチを、
偏愛から生まれる創造性として捉える。

第三条 境界を越える

フェチフェスは、ジャンルのための場所ではない。

アーティストとモデル。
創作者と観客。
プロとアマチュア。
ファッションとアート。
サブカルチャーとポップカルチャー。

異なる世界が交わることで、
まだ名前のない表現が生まれる。

境界線は、越えるためにある。

第四条 自分自身を表現する

フェチは、他人から与えられるものではない。

自分は何に惹かれるのか。
何を身につけたいのか。
何を見せたいのか。
何をつくりたいのか。

その答えは、一人ひとり違う。

私たちは、
誰かの価値観を押しつけるのではなく、
一人ひとりが自分自身の「好き」を発見し、
表現できる場所をつくる。

第五条 見る自由と、見ない自由

表現する自由があるように、
見ない自由もある。

フェチフェスは、
誰かの「好き」を他者に強制する場所ではない。

互いの境界線を尊重し、
同意のない接触や迷惑行為を許さない。

自由とは、何をしてもいいということではない。
互いの自由を守ることによって成立する。

第六条 安全を文化の一部とする

自由な表現には、責任が伴う。

出演者、出展者、スタッフ、来場者。
この場所に関わるすべての人が、
安心して自分の表現と向き合える環境をつくる。

ルールは表現を縛るためだけのものではない。

自由なフェチ文化を未来へ残すための土台である。

第七条 少数者の居場所をつくる

世の中には、
「こんなものが好きだと言えない」
「自分だけがおかしいのではないか」
と思っている人がいる。

フェチフェスは、
そんな人が自分の「好き」を否定されず、
誰かと出会える場所でありたい。

「自分だけではなかった」と思えること。

それだけで、人は少し自由になれる。

第八条 フェチを未来へつなぐ

フェチ文化は、
その時代、その人、その身体、その感性によって変化していく。

だから私たちは、
過去のフェチ文化を尊重しながら、
新しい表現を拒まない。

今日の常識が、明日の表現になる。

今日の小さな偏愛が、
未来の文化になるかもしれない。

フェチフェスは、フェチ文化の現在だけでなく、
その未来をつくる。

終章

私たちは、
「普通」を否定するためにフェチを語るのではない。

人間には、
普通という一つの尺度だけでは測れないほど、
多様な「好き」があることを伝えるために、
フェチを語る。

好きだから、つくる。
好きだから、着る。
好きだから、撮る。
好きだから、演じる。
好きだから、集まる。

そして、誰かの「好き」と出会う。

フェチとは、偏りではない。
その人が、その人であるためのこだわりである。

フェチフェスは、
その「好き」を持ち寄り、
互いの違いを楽しみ、
新しい表現を生み出す場所であり続ける。

好きを、隠さない。
好きを、押しつけない。
好きを、表現する。
好きを、尊重する。
そして、好きを文化にする。
FETI FEST
― 好きという衝動を、文化にする。 ―

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